FIP 猫伝染性腹膜炎 モルヌピラビルでの治療

FIP(猫伝染性腹膜炎)は、数年前まで不治の病でした。
インターフェロンやステロイドなど、様々なお薬での治療が試みられていましたが、致死率はほぼ100%でした。

FIPの発症は以下のように考えられています。
通常は猫に対して下痢を起こす程度の弱いコロナウィルスが、一部の猫では全身性の持続感染状態となり、更にその中の一部の猫で発症するようです。
コロナウィルスは水平感染を起こしますがFIPの発症率は低いため、「FIPが水平感染する」と言えるかどうかは現在でも議論があるところです。多頭飼育環境では複数頭で発症しやすいことはわかっていますが、コロナウィルスの感染リスクが高いためFIPを発症する猫が増えるだけであって、FIPそのものが感染するわけではない、というのが現時点での一般的な理解となっています。

「数年前までは」不治の病ということは、現在は治療可能というこです。
何故治療が可能になったかというと、ヒトで新型コロナが流行したからです。おなじコロナウィルスですね。抗コロナウィルス治療薬が使用できるようになったため治療が可能になりました。

当初は、中国製のMUTIANというサプリメントで治療がはじまりました。これは抗コロナウィルス薬のGS-441524が主成分で特許を侵害しているのではないか、という憶測もありましたが、実際にどのような成分なのかという明確なところはわかりません。しかし、効果は確実にありました。
ただ、非常に高額な薬でペット保険の適応にもならず、体重によりますが100-200万円ほどはかかったのではないかと思われます。なかなか誰もが準備できる金額ではありません。

現在は英国のBOVA社から動物用のレムデシビル注射薬やGS-441524内服薬が出ているそうで、これを輸入して使用するのが今のところ一番正しいFIP治療ということになりそうです。
しかし、BOVA社の製剤は、私が知る限りでは動物病院向け輸入代理店を介しての輸入ができないようで入手が難しいのと、3kg程度の猫ちゃんだとしても薬価は12週間の治療で数十万円はかかるようです。MUTIANよりは安価になりましたが、それでもかなり高額です。

現在、猫のFIPに対する治療として多くの飼い主様に許容していただける薬価なのは、輸入薬のモルヌピラビルでの治療です。
モルヌピラビルは国内薬も利用可能ですが、3kg程度の猫ちゃんで薬価は10-30万円ほどかかると思われます。
輸入薬であれば5万円前後で可能だと思われます。

薬価は目安であり、体重や為替レート等さまざまな変動要因があります。また、眼や神経に症状がある場合は投与量が増えるので薬価も上がります。再燃した場合も薬の増量や投薬期間の延長が起こり得ます。検査料金等は別途必要になります。
様々な変動要因はありますが、最も投薬量が少ないウェットタイプのFIPで3kg程度の猫ちゃんで、経過が良好であれば検査費を含めた総額で15万円程度で治療ができるのではないかと思われます。治療は12週間で、猫ちゃんの状況に応じた頻度で通院が必要です。
料金はいずれも当院の場合で、状況によって治療費は大きく変わる可能性があります。

ただ、モルヌピラビルは安価ではありますが、GS-441524やレムデシビルに比べるとFIP治療のエビデンス(論文など治療の根拠)は少ないです。それから、モルヌピラビルは変異原性が示唆されており、ヒトでは妊婦・妊娠する可能性があるヒト、および18歳未満のヒトには使用が禁止されています。猫でも同様の危険はあるかもしれません。
じゃあレムデシビルやGS-441524には変異原性がなく安全なのかというと、現在のところ調べられておらず不明なだけで安全とは言いきれません。

当院では、BOVA社の製剤は準備しておりませんが、インド製輸入薬のモルヌピラビル内服薬は準備してあります。

FIPの治療をしてあげたいけれども費用が高額すぎてとても出せないという飼い主様がもしいらっしゃるのであれば、モルヌピラビルでの治療を検討してみてください。
当院ではモルヌピラビルを用いたFIP治療が可能です。

「100万円出してMUTIANを使えば100%治るのに安い薬を使うなんてひどい」と言われた、という話を聞いたことがあります。しかし、MUTIANで100%治るというのは明らかなデマです。100%というのは、どこの動物病院で何例中何例が生存したということなのでしょうか。この世に100%の効果を発揮する治療薬などというものは存在しません。
ではFIP治療成績というのはどのくらいなのか。多数のFIP症例を治療されてる先生の論文が公開されています。
こちらです。http://www.chubuvet.jp/excellent/pdf/20231015003_sase.pdf
この報告によれば、84日間の治療の最後まで生存できたのはMUTIAN(Xraphconn)群で47/59頭、モルヌピラビル群で51/59頭ということです。
治療が可能になったと言っても致死率が高い疾患であり、どんな治療を行っても亡くなる症例が一定割合います。モルヌピラビルの治療報告は少ないですが、MUTIAN(Xraphconn)の方が優れているとは言えません。購入元にもよりますが、10倍以上薬価が変わってしまうことを踏まえれば、治療成績はたいして変わらないのに異常に高額な薬を今になっても使用する意義があるのかは疑問です。
当初はMUTIAN(Xraphconn)しか治療薬がありませんでした。しかし、今はその他の選択肢があります。高額であればあるほど効果的であると信じたくなる人もいるかもしれませんが、そうではありませんので冷静に考える必要があるかと思います。