犬の心臓病 僧帽弁閉鎖不全症 肺水腫にならないために

小型犬の心臓病と言えば僧帽弁閉鎖不全症です。
非常に発生頻度が高い病気なので、獣医療には珍しいほど大規模研究がされている疾患です。
外科治療ができる施設も徐々に増えてきておりますし、当院のような一般の動物病院が行う内科治療のガイドラインも整備されつつあります。
当院では心臓外科はできませんが、内科治療に関してはガイドライン(ACVIMコンセンサスステートメント)を踏まえつつ、可能な限り最新情報もチェックするようにしています。
外科治療に関しては何か発信できるほどの情報を持ち合わせておりませんので、それに関しては専門の動物病院で治療成績などを説明してもらった方がよいでしょう。
内科治療での維持に関しては、
①早期発見
②適切なタイミングでの投薬開始
③定期検査によるお薬の調整
④ご自宅での呼吸数の測定で状態悪化を早期発見
が大切だと考えています。

①早期発見
見つけるのは容易です。動物病院を半年ごと程度でも利用されるのであれば、重症化前に見過ごされることはまずないでしょう。
初期段階から聴診上で心雑音が聞こえるからです。
当院であれば、ワクチン接種だろうと皮膚病だろうと基本的に毎回聴診しますので、見逃すことはないでしょう。皮膚病や外耳炎の1-2週間後の再診時など、ごく最近聴診している場合はしないこともあるかもしれませんが、ほとんど常に聴診しています。
ですので、特に小型犬の飼い主さんは、皮膚病だろうと下痢だろうといつも聴診器を当てる動物病院にかかるのがいいと思います。

②適切なタイミングでの投薬開始
動物医療では稀な大規模前向き研究(EPIC STUDY)が行われ、世界的に用いられているガイドライン(ACVIMコンセンサスステートメント)が作成されています。
大規模研究の論文はこちらです。https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1111/jvim.14586
これを踏まえてのガイドラインはこちらです。https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jvim.15488
論文の内容を簡単に言うと、僧帽弁閉鎖不全症は無症状の初期段階でも、レントゲン検査、心エコー検査で一定基準を超えている場合には、ピモベンダンという強心薬を飲ませた方が無治療よりも長生きしましたよ、という論文です。
ガイドラインではこの基準に加えて、心雑音の大きさも投薬開始の判断(stage B2と診断するかどうか)のひとつになっています。
これを踏まえて当院では、心雑音が一定基準を超えた段階で胸部レントゲン・心エコー検査をおすすめしていますが、飼い主様のご希望によっては心雑音が小さい段階でも検査を行うことがあります。

③定期検査によるお薬の調整
原因は僧帽弁が変性して完全に閉まらなくなることです。これは内科治療では治りません。内科治療はあくまで対症療法で、強心剤を用いて心臓の働きを助けたり、利尿剤を用いて心臓の負荷を減らしたりする治療です。
根治を目指すのであれば外科手術となります。
残念ながら当院では心臓外科はできないため、外科手術をご希望される場合は専門病院をご紹介します。

当院で可能なのは内科治療です。
内科治療の開始時期は②でご紹介したように世界的な基準で決まっていますので、その通りに判断しています。
しかし、投薬開始時期は決まっていても、その後のことはほとんど決まっていません。病気は徐々に悪化します。僧帽弁閉鎖不全症の終末像は、肺から心臓に血液が戻りづらくなる左心不全状態です。うっ血した肺血管から水分が肺の組織に漏れます。そのことで肺が水浸しになってしまい、陸にいながらにして溺れているのと同じような状態となり、呼吸不全で亡くなります。
どんな病気でも最終的にはどうにもできないほど進行してしまいますが、肺水腫に進行させない、もしくは肺水腫になるのをできる限り遅らせるのがかかりつけ獣医師の腕の見せ所になるわけです。もちろん肺水腫になってしまった症例への治療法も大切ですが、そもそも肺水腫にならないようにすることが大事です。

ところが、治療開始のタイミングは決まっていても、その先のガイドラインは存在しません。
ここの測定値がこれ以上になったらこの薬をこの用量で使いましょう、などと決まっていれば良いのですが、現在そのようなガイドラインは存在しません。
左心房径も左室流入血流速度も、重症ほど悪化する傾向はありますが、心不全手前のstage B2と心不全であるstage Cを比べて統計学的有意差がつくほどではないようです。
じゃあどうするか。

ある専門医の先生は、僧帽弁逆流と大動脈血流の、ドプラー波形の面積であるVTIを用いた重症度判定を行っているそうです。
トップ画像は僧帽弁逆流波形の計測で、波形をトレースすることでVTIが計算されて出てきます。大動脈血流も同じです。
僧帽弁逆流のVTIは初期は低値で中期にかけて徐々に上昇し、心不全期に近づくと数値が低下していきます。
大動脈血流のVTIは右肩下がりに低下していきます。
大動脈をエコーでまっすぐ描出することが難しく、これまでは参考程度にしか記録していませんでしたが、今後は角度をしっかり調整して大動脈の血流速も評価し、治療強化のタイミングをはかっていきたいと思います。

④ご自宅での呼吸数の測定で状態悪化を早期発見
前項は完全に獣医師側の話でして、飼い主様にとっては何もこっちゃわからん、というところだと思います。
でも、そんな難しい検査にも匹敵し、かつご自宅で飼い主さんがチェックできる大変優れた指標があるのです。
それは、「安静時呼吸数」です。
呼吸数は超大事です。検査結果と呼吸数の変動がリンクしない場合、私でしたら呼吸数の方を信用します。それくらい大事です。
安静時呼吸数とは、寝ている時や完全にリラックスしている時の呼吸数で、吸って吐いてのセットで1回と数えます。基準は以下の通りです。1分間あたりの呼吸数で考えますので、20秒測って3倍するなど、適宜1分あたりに直してください。

正常:25回/分以内
内服開始もしくは増量の目安:30~39回/分
肺水腫を発症している:40回/分以上

もちろん、たまたま早い時はあると思いますので、ずっと今まで20回くらいだったのがその時だけ30回だった、という場合は数日経過を確認しましょう。
ただ、40回超えている場合は直ちに動物病院を受診してください。今すぐにです。夜間に気づいたとしても朝まで待ってはいけません。すぐに夜間救急を行っている動物病院に電話しましょう。(夜間の場合はすぐに受診ではなく、必ずまずは電話して受け入れ可能か確認してから向かいましょう)

心エコーの指標がどうこうとご紹介いたしましたが、そんなものは飼い主さんが毎日呼吸数を測定することに比べたら有用性は低いと思っています。特に心臓病の専門医でもなければ、心エコー検査結果はかなりぶれます。測定値は数字で出るので客観的っぽく見えますが、実は多分に主観的な検査です。
獣医師も、少しでもより良い検査・治療ができるように日々の研鑽を行いますが、飼い主さんの愛情には及びません。
愛犬が心臓病になったら、一番大切なことは毎日呼吸数を測定することです。是非実施してください!