小型犬の心臓病 僧帽弁閉鎖不全症の最新内科治療

小型犬に非常に多い心臓病である僧帽弁閉鎖不全症という病気があります。
いわゆる心臓弁膜症ですね。
左心房と左心室を隔てる僧帽弁という弁がしっかり閉まらなくなる病気です。完全に閉じない隙間から血液が逆流する影響で徐々に心不全に進行します。
これを治すには、弁が閉じるようにすればいいわけです。基本的には外科疾患なのです。弁の閉鎖不全が原因なのですから手術で弁が閉まるようにするというのが最も適切な治療です。

小型犬での僧帽弁閉鎖不全症は手術例も増えてきており、成功率も90%を超える施設が多いようですので、手術が可能であればそれが一番良いと思います。
ただ、動物医療に公的保険はありません。任意保険に入っていたとしても限度額制限がありますので、保険で賄える割合はそれほど大きくないと思われます。おそらく200万円前後程度はかかるようですので、なかなか誰しもが手術の選択を取ることができる状態にはありません。

小型犬は心臓が小さく手術が難しいので、カテーテルで人口弁を入れるという選択肢も出てきているようです。しかし、日本人は手先が器用な人が多いのか心臓外科手術ができる施設が増えており、カテーテル治療はあまり普及が進んでいないように思います。カテーテル治療では逆流を完全に制御することはできないようです。

外科手術やカテーテル治療は大学病院等の専門施設でないとできないので、当院のような街の一般的な動物病院では内科治療を行っています。

ACVIM(米国獣医内科学会)のコンセンサスステートメントに基づく治療が標準的です。
心雑音の大きさ、レントゲンでの心臓の大きさ(椎体心臓サイズ)、エコーでの左心房・左心室の大きさの全てが一定基準以上であれば、無症状でも治療を開始しましょう、というのが現在の標準治療です。
この状態をstage B2といいます。
一度でも肺水腫(心不全症状)を起こすとstage C、標準治療でコントロールが困難な状況がstage Dです。

stage B2の治療

強心+血管拡張薬であるピモベンダンを内服します。
stage B2では、飼い主さんが気づかない程度の軽度な活動性低下が出ていることも多く、内服を開始すると「元気になった」と喜んでいただくことが多いです。

stage Cの治療

ピモベンダンに加えて、利尿剤を投与します。当院では基本的にトラセミドを使用しています。
また、血管拡張薬のACE阻害剤も使用が推奨されます。
内服薬の数が増えても飲めるのであれば、アルドステロン拮抗薬のスピロノラクトンも推奨されます。

心臓に負荷がかかると分泌されるANPやBNPなどのナトリウム利尿ペプチドというホルモンがあります。
利尿作用や血管拡張作用、心筋保護作用などの効果を持ちます。
しかし、このホルモンはネプリライシンという酵素により分解されてしまいます。
ネプリライシンを阻害することでナトリウム利尿ペプチドを高濃度に保つための薬がサクビトリルです。
しかし、ネプリライシンはナトリウム利尿ペプチドだけでなく、アンギオテンシンⅡという血圧を上昇させるホルモンも分解しているので、サクビトリルの単独投与はアンギオテンシンⅡを増やして血圧上昇の悪影響が出てしまう可能性があります。
この副作用はアンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)で防止できます。そこで、サクビトリルにARBであるバルサルタンを配合したのがARNI 商品名エンレストです。
僧帽弁閉鎖不全症の犬に対する短期投与試験では、心臓の大きさが有意に縮小(改善)しています。
https://www.frontiersin.org/journals/veterinary-science/articles/10.3389/fvets.2021.700230/full

他には糖尿病治療薬のSGLT2阻害薬が心臓に保護的に働くのではないか、と言われております。
また、低ナトリウム血症で利尿薬抵抗性となっている例に対して、トルバプタンという新しい利尿薬が有効ではないかと言われておりますが、個人的には電解質補正をしないと効かない気がしていますし、電解質補正すればループ利尿薬も効く気がします。利尿薬抵抗性は、過剰な塩分制限+高用量のループ利尿薬で起こるのではないかと思っていますが、今のところ当院では実際の症例でそこまでの状況になった子がおりません。

エンレストは臨床試験での用量も公開されておりますので、すぐに使うことは可能です。
ただ、2025年現在の標準治療ではありませんので、標準治療で上手くかない場合にのみ検討されるべき薬です。
拡大した心臓が小さく戻ってくれることが期待できますので、ピモベンダンを内服していても心拡大による発咳が顕著な場合には試してみる価値があると思います。(発咳は慢性気管支炎の併発が原因のことも多く、その場合は治療方針が異なります)
愛犬が心臓病で治療しているけれども発咳が改善しない、肺水腫での入院を繰り返している、などでお困りでしたら、はら動物病院の受診をご検討ください。