よくある病気をより良く治療したい 嘔吐・下痢

動物病院で頻繁に実施する治療 皮下補液とは
嘔吐や下痢、食欲不振などで脱水傾向だけれども、口から水を飲んでも吐いてしまう。そんな時に動物病院では皮下補液という治療をよく行います。
輸液剤は基本的には血管に点滴するものですが、犬猫は皮下の構造が人に比べてゆるく、皮下に多量の液体を注射で入れることができます。首の後ろを皮膚を引っ張ると、人では考えられないくらい伸びますよね。あの辺の伸びるところに点滴剤を皮下注射します。皮下にたまった輸液剤は徐々に吸収されて点滴したのと同じような効果が得られます。
メリットとしては、外来診察の短時間で済むことです。デメリットとしては、皮下注射なので基本的に糖入りは避けるべきとされていることや、吸収速度をコントロールできないことがあります。
皮下補液で使用する輸液剤の種類
皮下補液で使うのは、乳酸リンゲル液か生理食塩水がほとんどだと思います。
乳酸リンゲルは、乳酸という名前なのですが、実は酸を中和するアルカリ性の作用があります。また、カルシウムとカリウムも配合されており、生理食塩水よりも体液に近い組成になっています。
おそらくほとんどの場合は乳酸リンゲルが使われれていると思います。実際それで問題ないんですよね。
電解質や酸-塩基平衡に多少問題があっても腎臓が正常ならどうにかしてくれます。とりあえず乳酸リンゲルでほぼ問題ないと思います。
ほぼ問題ないんだろうけど、こだわってみようというのが本稿の内容です。
乳酸リンゲルと生理食塩水の使い分け
単発の皮下補液想定だと、カルシウムやカリウムの有無は考えても仕方がないかなと思います。使い分けするとしたら、アシドーシスなのかアルカローシスなのかだと思います。
アシドーシスとは体液が酸性に傾いているという意味で、アルカローシスとは体液がアルカリ性ということです。
(それはアシデミア/アルカレミアだろ!というご指摘があるかもしれませんが、本ブログは一般の飼い主様に向けて書いているつもりなのでご容赦ください)
乳酸リンゲルはアルカリ性の作用のある乳酸が入っていますので、アシドーシスには乳酸リンゲルが、アルカローシスには生理食塩水が良さそうです。
本稿のタイトルである嘔吐・下痢で酸-塩基平衡の変化を考えてみましょう。
嘔吐だけなら基本的には胃酸の喪失ですから、アルカローシスになるわけです。生理食塩水の方がよさそうですよね。
じゃあ、嘔吐+下痢だったどうでしょう。胃液は酸性で腸液はアルカリ性です。どちらの喪失が多いのかでアシドーシスにもアルカローシスにもなり得ます。どうしましょう。
酸-塩基平衡の検査
じゃあ、アシドーシスなのかアルカローシスなのか調べた方が良いですよね。となるのですが、これには血液ガス測定器というものが必要で、残念ながら当院にはありません。
血液ガス測定器を導入している動物病院はそれほど多くはないと思いますし、もし導入していても検査料金がおそらく4-5千円はかかると思いますので、軽症例に気軽にプラスできるものでもないかと思います。
血液ガス測定器は、人医療でもクリニックには置いていないことが多く、一般的な検査項目から酸-塩基平衡を予想するということが行われているようです。
Na-Cl=36(人間の場合)
人でも動物でも、Na(ナトリウム) K(カリウム) Cl(クロール)という電解質測定は一般的な機器で安価に測定できます。
スクリーニング項目という、病気の時にとりあえず測定するセットの中にも含まれることが一般的です。
人では、Na-Cl=36というのが正常値で、これより高値だとアルカローシスを疑い、低値だとアシドーシスを疑うということがされているようです。
Na-Cl 犬猫では?
色々調べたり、獣医内科専門医に質問したりして動物でも同じようなことができないか試行錯誤していたことがあります。
その結果としては、全然ダメでした。まったく当てになりませんでした。
動物では難しいんだなと諦めておりました。
動物ではCl/Naが使えそう!
人と同様にNaとClで酸-塩基平衡の変化のあたりがつけられればいいのに、というのは獣医師ならば多くの先生が思うところだと思うんですよね。
そしたら、2017年に論文が出ているじゃないですか!
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5539434/
NaとClの差だと水和状態の影響が大きくて当てにならないということみたいです。
NaとClの比を取るか、Naの標準値と実測値を使って補正Cl値を出すのが良いみたいです。
よりやりやすいのはCl/Naの方ですね。
これは、あくまでもコーネル大学での測定結果をもとに統計分析したもので、当院の機器とは違います。
直接当てはめることはできないわけですが、酸-塩基平衡のセミナーで挙げられていた実症例に当てはめてみるなどすると、結構良さそうで、機器が違っても期待できそうです。
当院の機器の正常範囲でCl/Naの基準値を作り直すと正常範囲が広くなりすぎるので、まずは論文通りの数値で見てみようと思います。
まとめ
腎臓が正常なら、どんな時でもとりあえず乳酸リンゲルで問題はないと思います。
でも、どうせならちょっとでも良い方がいいですよね。
画像検査や血液検査で明らかな原因が見つからない場合にも、「問題ないね」だけで終わらず、そこから読み取れるわずかな数値の変化を少しでも良い治療につなげられるかなと思います。
酸塩基平衡に合わせて適切な輸液をした方が、わずかでも早く元気になってくれるかもしれませんし、重症例に対する入院点滴がより的確にできると思います。
日々勉強することで、同じ検査でも少しでも得られる情報量を増やしてより良い治療につなげて行きたいと思います。