猫の糖尿病経口薬 センベルゴ

猫の糖尿病の新薬が日本でも販売開始されました。
米国や欧州では昨年から使用されているお薬で、ヒトでは10年前から使用されています。

薬の作用機序としてはSGLT-2という糖の再吸収に必要な輸送体を阻害するというものです。
メリットとしては、経口薬であることと1日1回投与で良いこと、低血糖のリスクがほぼないことです。
デメリットとしては、正常血糖ケトアシドーシスの危険があります。
①作用機序②メリット③デメリット④まとめ という形でご紹介します。

①作用機序
腎臓では、血液をろ過して尿が作られて老廃物を排泄しています。
血液が濾過されて原尿となり、その後尿細管や集合管を通る間に糖を含め体に必要な物質は再吸収されて尿には出ないようになっています。
糖(グルコース)は、近位尿細管でSGLT-2というナトリウム・グルコース共輸送体により90%が再吸収され、遠位尿細管でSGLT-1により残りの10%が再吸収されます。
このうちSGLT-2を阻害して、尿中にどんどん糖を排泄させて血糖値を下げる、というのがこのお薬の作用です。
SGLT-1を阻害しないので低血糖になることはありません。

糖を尿中に捨てて無理やり血糖値を下げるだけです。インスリンと違い、細胞内に糖を取り込んでエネルギー源として使う作用はありません。
しかしながら、猫の糖尿病やヒトの2型糖尿病では、異常な高血糖による糖毒性の状態から血糖値を下げるだけでインスリン分泌能が改善することがわかっています。
ヒトの1型糖尿病や犬の糖尿病(基本的にヒトの1型と同じ)、一部の猫の糖尿病のように、インスリン分泌能が残っていない糖尿病の場合はインスリン治療が必須で、このお薬の適応にはなりません。

適応は、「インスリン分泌能が残っており、一般状態が良好でケトンが検出されない猫の糖尿病」です。
そこを間違えると重大な副作用が生じかねないため、慎重に使用することが必要です。

②メリット
まずは経口薬であることが挙げられます。
インスリンは注射薬しかありません。注射するのって怖いですよね。愛猫に針を刺すのは治療のためでも抵抗がある飼い主様もいらっしゃると思いますし、猫ちゃんの性格によっては絶対無理ということもあるでしょう。
また、誤って飼い主様やご家族に刺さってしまう針刺し事故も懸念があるところです。
センベルゴは経口薬で、嗜好性は悪くないようなのでおやつやフードにかけて与えることができます。

次に1日1回の投与であることです。
インスリン治療は1日2回投与が必要になることがほとんどです。基本的に12時間間隔で接種が必要です。猫ちゃんの性格によっては一人で注射することが難しい場合もあるでしょうし、12時間間隔で注射を毎日というのは大変です。
1日1回液体のお薬をフードにかけて与えるだけ、というのはインスリン注射に比べると非常に楽だと思います。

更には低血糖のリスクがありません。
インスリン治療では、インスリンの効果が過剰になってしまうと低血糖を起こすことがあります。
低血糖による昏睡状態は脳障害を起こすことがあります。
センベルゴは低血糖を起こすことはないとされています。

③デメリット
インスリン作用がないということに尽きます。
尿中に糖を排泄するので血糖値は下がりますが、インスリン作用はありません。インスリン分泌能が改善しない場合、ケトアシドーシスを引き起こします。
インスリンの枯渇により糖をエネルギー源として使用できないと、筋肉や体脂肪を分解してエネルギーを産生します。この時に副産物としてケトン体が過剰に生成されると体が酸性に傾いて体調不良となります。これが糖尿病性ケトアシドーシスです。
一般に、ケトアシドーシスはインスリン枯渇により高血糖を伴います。しかし、センベルゴ使用中のケトアシドーシスは、血糖値が正常なので注意が必要です。夜間救急など、初診で動物病院にかかる際にはセンベルゴ内服中であることを必ず伝える必要があります。

ケトンが過剰であるかどうかは、一般には尿試験紙を用いて判断しますが、軽度な色調の変化はわかりづらい上に、尿試験紙で検出するケトン体はアセト酢酸であって、ケトアシドーシスで問題となるβヒドロキシ酪酸ではありません。
血糖値を経時的に測定するFreeStyleリブレという機器の血糖値を読み取るためのリーダーで、βヒドロキシ酪酸の血中濃度が測定できるようなので、もし当院でセンベルゴを使用する場合はこれを用いてしっかり数値でモニタリングしようと思います。
※現在FreeStyleリブレのリーダー(測定機本体)はありますが、ケトン体を測定するための「β-ケトン測定電極Ⅲ」(消耗品)は在庫していないので、必要になり次第発注します。

④まとめ
1日1回の内服薬で糖尿病治療が可能になるのは非常に簡便で、かつ低血糖の心配がいらないのも魅力的です。
しかし、インスリンが不足する病気に対してインスリンを使わない治療というのはデメリットも存在します。
特に、既に糖尿病でインスリン治療を行っている経過が長い猫ちゃんがインスリン治療からセンベルゴに切り替える場合、新規の糖尿病罹患猫に比べて治療が上手く行かないケースが多くなるそうです。インスリン治療からセンベルゴへの切り替えは、日本と欧州ではその治療の認可が下りていますが、米国では認可されていない治療法です。
センベルゴの最も重大な副作用である正常血糖ケトアジドーシスは治療開始14日以内に生じやすいとされています。
治療開始2,3,7,14日目にケトンなどの検査を行うことが推奨されています。
センベルゴの適応は、一般状態が良好でかつケトンが検出されない猫ちゃんに限られます。適応を満たし、かつ投与開始後14日間は注意深く観察し、かつ獣医師の指示に従って頻繁な通院や自宅での尿検査を実施する必要があります。

以上の諸々を踏まえた上で、1日2回のインスリン注射から1日1回の内服に切り替えられる可能性があるなら試してみたい、という糖尿病猫ちゃんの飼い主様がいらっしゃいましたら、はら動物病院までご相談ください。