猫の心筋症が食事で改善

猫ちゃんの心臓病はわんちゃんよりも難しいです。
何が難しいかと言うと、診断も治療も全てが難しいです。
まず、疑うのが難しいです。
わんちゃんの場合は、日本では圧倒的に小型犬が多く、小型犬の心臓病はほとんどが弁膜症です。無症状段階で心雑音が聞こえてくることがほとんどです。
半年に1回でも動物病院に来ていただいていれば、知らない間に急激に悪化ということはほとんどないと思います。
それに対して猫ちゃんの心臓病は心筋症です。心臓の筋肉の異常なので聴診上の異常は何もないこともあります。また、逆に心雑音があっても病的でないこともあります。非常に難しいです。
次に検査も難しいです。
猫ちゃんは体が柔らかいですし、わんちゃんよりも検査に協力的ではない子が多いです。診断には心エコー検査が必須ですが、おとなしくしてくれないと正確な測定が難しいです。
更には診断も難しいです。
レントゲンやエコー検査で心筋が厚いことがわかったとします。それで肥大型心筋症と診断できるかと言えばできません。高血圧や甲状腺機能亢進症や過剰輸液など、心筋症以外の病気の除外をしてようやく肥大型心筋症と診断できます。

そして治療も難しいです。
まず治療するかどうかが難しいです。
かつては無症状でも肥大型心筋症であれば治療を検討する、というところから、流出路閉塞があれば...ということになり、今は症候性かその直前くらいでないと投薬治療は推奨されなくなりました。でもまた変わるかもしれません。常に最新情報を追う必要があります。
そして治療法も難しいです。
治療が必要になる状態は既にかなり末期です。治る病気ではないので、症状の緩和と心不全死までの期間を伸ばすことが目標ということになりますが、慢性進行性で治らない病気との戦いですので、厳しい戦いになります。

難しいですね。全部難しいです。
ただ、発症率の高い怖い病気なのかというと、心筋症であっても生涯何も起こらないことがほとんどだと考えられています。なので、「心筋症が見つかった=いずれ心不全死」ということにはなりません。大多数の子には何も悪いことは起きないのです。ですので、じゃあどれくらい危機感を持って経過観察をするのか=検査の頻度をどうするのか、という問題も出てきまして、また難しいです。難しくない点が見当たらない。

そんな難しくて難しい猫の心筋症に関してですが、ブレイクスルーになるかもしれない朗報が届きました。
なんと食事で心筋の肥大が改善するかもしれないんだそうです。
凄くないですか?腎臓病なんかもそうですけど、慢性進行性疾患の食事療法って、基本的に「対照群と比べて悪化を抑制しました」っていうのがほとんどです。それも十分凄いんですけど、「心筋壁厚の減少」が確認されたそうですよ。心筋壁の肥厚を改善させることが証明された薬は存在しません。
まだ検証が不十分な点も多いですが、フードで猫の肥大型心筋症の早期治療になるかもしれないというのは朗報なのは間違いありません。

ただ、文句のつけようがない圧倒的な結果なのかというと、微妙な点もあります。
・試験食群は試験前後で心筋壁厚の減少などが有意差を持って確認されました。
・対照群は試験前後で有意差なし。(でも少し改善)
・対照群も少し改善しているので、試験食と対照群との比較では有意差が出ない。
ということみたいです。
考察で述べられていますが、対照群にはそれまでの食事を与え続けたわけではなく、肥大型心筋症猫に与えるフードとしてヨーロッパで認可されているフードを与えているそうで、その影響なのではということでした。

また、左房拡大があるレベルの症例では試験食(心臓サポート)でも改善効果は乏しいようです。この段階まで進行すると、心筋の線維化などの影響で改善が難しいのではないかと考察されています。
...ななめ読みした感じでは、そういうことだと思うのですが、他の獣医師の先生などがご覧になってもし間違っている点がございましたらそっと教えてください。
論文はフリーアクセスで誰でも全文が読めます。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jvim.15925

それに、生存期間の延長というデータはまだ出ておりません。それには長い時間が必要なので現時点で出ていないのは当然ですが。
最終的に「効果がある」と言い切るには、生存期間の延長や死亡率低下が有意差をもって認められることが必要です。しかし、早期の心筋症が改善するかもしれないのであれば、左房拡大のない無症状の心筋症の猫ちゃんに対しては強く推奨されるフードだと思います。
栄養成分の内容としては、高蛋白・低炭水化物・高オメガ3脂肪酸だそうです。
猫は肉食獣ですから、他に栄養学的に介入が必要な病気(腎臓病など)を持っていなければ、高蛋白食が長期的にその他の悪影響につながる可能性は低そうです。
この結果を受けて、他社からももうすこしお求めやすい価格で同様のコンセプトのフードが今後出てきそうな気もします。

そうはいっても猫ちゃんは食事の変更を受け入れてくれない場合が多いですので、そういう場合はフードのコンセプトの一部のみを取り入れて、オメガ3脂肪酸のサプリメントを与えるのも良いかもしれません。その場合はオメガダームをおすすめします。
オメガ3脂肪酸サプリメントで圧倒的NO.1シェアだと思われるのはアンチノールですが、アンチノールは抗炎症作用の強いオメガ3脂肪酸のみを集めており、少量で関節炎等に有効という特徴がある製品です。オメガ3脂肪酸の含有量としては少ないです。心臓病に対してのオメガ3脂肪酸も抗炎症目的のようですが、アンチノールで同じ効果が達成されるのかはわかりません。
もちろん、オメガダームと心臓サポートに配合のオメガ3脂肪酸も全く同じとは言えないと思いますが、特殊なオメガ3脂肪酸を少量与えるよりは、一般的なオメガ3脂肪酸を心臓サポートに配合相当量以上で摂取した方が効果が期待できると思います。
アンチノールがダメだというわけではなくて、条件がより近いものの方がいいですよね、という単純な話です。ただ、そうなると与える量が増えるので、少量でないと摂取が難しい場合はアンチノールを使うのも一つの選択肢になります。少量なのがアンチノールの良いところですよね。
他のオメガ3脂肪酸サプリメントや人体用医薬品もありますので、愛猫が受け入れてくれるものをいろいろ探してみるのも良いでしょう。

猫ちゃんに、より良い生活の質を保ったまま長生きしてほしいために行うことなので、あまり無理強いするのはよくないと思います。食事療法はおいしく食べてくれることが大切です。気に入らないフードを与えて痩せてしまうことは健康にも悪影響ですし、仮に寿命が多少伸びるとしても、猫ちゃんが気に入ってくれないフードを与え続けることは、獣医師としてというより猫好きおじさんとして反対です。
おいしく食べてくれるのを見るのが飼い主の幸せですよね。人間だって嫌いなものしか食べられない人生は嫌ですよね。
楽しく過ごせる範囲で可能な対応をしてあげましょう。