慢性低ナトリウム血症の診断見直し

慢性低ナトリウム血症の原因として低アルドステロン症の疑いが強いと言われ、フロリネフ(内服薬)の投薬開始を提案された。
投薬を開始して良いか。

本症例は、当院では特別な検査は実施しておらず、電解質(ナトリウム、カリウム、クロール)の経過を追ったのみです。
特別な治療は実施せずにナトリウム値は正常値近くに改善しました。
結果として本例は手作り食を続けていたことによるナトリウム摂取不足が主要因だったようです。

・食事性低ナトリウム血症
・±SIADHがあるかもしれない

栄養学の専門家の指導に基づく適切なナトリウム摂取

本例は心臓病でもあるため、不用意にフロリネフ投与が開始されず本当に良かったです。
一旦投薬が開始されてしまうと、そこからの診断見直しは非常に大変です。
フロリネフは鉱質コルチコイド薬で、ナトリウムの保持を促します。この薬が本来不要な心臓病症例に投与を続けると、うっ血リスクが増大し、心不全死リスクを高めます。
前医においてもナトリウム摂取を増やす指導は行われており、それに反応が乏しかったため病的異常を疑ったようです。
そこは問題ないと思いますが、尿比重が低めだということを持ってSIADHが否定されており、そこは明確に間違いです。

SIADHとは、日本語では「抗利尿ホルモン不適切分泌症候群」と言います。
身体の水分が過剰で本来は薄い尿を出して水分を排泄しなければならない状況でも水分を保持してしまう病気です。
脳腫瘍や脳炎を原因とする場合もあれば、その他の要因で発症することもあるようです。
以下の基準を満たすことで診断します。
正常な循環体液量、低ナトリウム血症の存在、低血漿浸透圧(<275 mOsm/kg)、低ナトリウム血症にもかかわらず尿中ナトリウム濃度の上昇(>40 mEq/L)、血漿浸透圧と比較して尿浸透圧が高いこと、正常な腎臓、副腎、甲状腺機能、酸塩基平衡、血漿リン濃度

ここでひっかかりがちなのは、「血漿浸透圧と比較して尿浸透圧が高いこと」です。
イメージ的には、薄い尿を排泄しなければならない時に濃い尿が出てしまうという病気なのですが、尿比重と尿浸透圧は違います。
本例は尿比重=1.010であることを理由にSIADHが否定されておりましたが、以下の山口大学の論文でSIADHと診断されている症例はまさに尿比重=1.010です。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10600542/?utm

尿比重も尿素も尿中に溶けている成分の濃度の指標です。
尿比重は溶けている成分の「重さ」の割合を示します。動物病院の院内に置いてある屈折計で測定できます。
これに対して尿浸透圧は溶けている成分の「粒子の数」を表します。検査センターに依頼しないと測定できません。
尿比重1.008~1.012は等張尿と呼ばれ、希釈も濃縮もされていない尿だと言われます。確かに薄い尿が出ているということになります。
しかし、等張尿の場合、尿中成分の中でも粒子当たりの重量が重い尿素や蛋白が少なく、ナトリウムなどの軽い粒子は意外と多い可能性があります。
このため、尿比重が等張尿程度の場合には尿比重だけでSIADHは否定してはいけません。
血液と尿を同時に採材し、Na<130mEq/Lくらいの明らかな低ナトリウム血症の時に、尿比重が1.002などの明らかな低張尿ならSIADHは否的ですが、尿比重が等張尿でもSIADHの可能性は十分にあります。

慢性低ナトリウム血症を獣医臨床で診察することは稀ですが、低ナトリウム血症の診断でお悩みで当ブログをご覧になった獣医師・飼い主さまは、基本的にSIADHを尿比重で否定することはできないと覚えておくと良いでしょう。

当院は街の小さな一次診療動物病院であり、特に何かの専門性があるわけではありませんが、わからないことは頑張って調べます。最近はAIも大きな助けになりますから、調べる意思さえあれば稀な病気のエビデンスもかなり詳細に調べることができます。
診断がはっきりしない場合に慢性病の投薬を開始することは危険を伴います。担当獣医師とよく相談して、それでも疑問な場合にはその分野の獣医専門医の診察を受けることが望ましいでしょう。
専門医への受診が難しい場合は、信頼できそうな動物病院でセカンドオピニオンを受けましょう。