猫の心臓病 肥大型心筋症の診断・治療

他院で心筋肥大を指摘されたという猫ちゃんが心エコーをしてほしいということでご来院されました。(トップ画像は別症例です)
猫の心筋肥大があるかどうかを診断することは非常に難しいです。
心筋壁が6mm以上ある場合のは肥大型心筋症と診断しますが、5.5mm以上はグレーゾーンだとか、5kg以下の猫では5.0mm以上でグレーゾーンだとか様々なことが言われており、また、心筋壁厚の測定は右室内の肉柱や調節帯、左室内の腱索や乳頭筋など、過大測定につながる様々な要素があり、循環器の専門医/認定医でもエコー所見だけで厳密な測定は困難です。
ごく限られた一部の専門医は心エコーだけで精緻な判断が可能なようですが、心エコーだけに特化した循環器内科専門医でない限り、専門医であっても心臓バイオマーカー(血液検査)なども併用して総合的に判断を行っているようです。
猫の肥大型心筋症に対する当院の考え方と実際の症例のご紹介をいたします。
猫の肥大型心筋症とは
猫において最も一般的な心臓病です。
犬は小型犬の僧帽弁閉鎖不全症が圧倒的に多いですが、猫の心臓病は基本的に心筋症です。
心筋症の中でも肥大型が約70%で非常に多いです。
その他は拘束型が約10%で残りはその他のタイプとされています。
心筋壁が分厚くなりますので、末期になるまで収縮力は落ちません。
収縮力は十分あるのですが、心筋が分厚くなりすぎて心臓の内腔が狭くなってしまい、結果として心機能が落ちてしまう病気です。
肥大型心筋症Phenotypeの診断
今のところ、心筋壁厚が6mm以上で肥大型心筋症と診断することになっています。
しかし、エコー検査はある程度の誤差を生じる検査です。一般に心筋壁厚の測定では1mm前後の誤差が生じるとされています。
6mmが診断基準なのに、検査法は1mmも誤差が生じるのです、ガバガバです。
8mmも9mmも肥厚しているような顕著な症例では迷うことはないと思いますが、6mmあるかなどうかな、という症例において、エコー検査で白黒はっきり言える獣医師はほとんどいないと思います。
また、白黒はっきり言えたとしても、ここで診断できるのは肥大型心筋症「Phenotype」であるということまでです。
「肥大型心筋症である」とは言えません。
Phenotypeとは何でしょうか。
Phenotypeとは
肥大型心筋症でなくても心筋が肥大することがあります。
このことから、エコー検査で心筋肥大を認めることを肥大型心筋症Phenotypeと言います。
肥大型心筋症Phenotypeには以下の原因があります。
- 高血圧
- 甲状腺機能低下症
- 前負荷の減少(脱水)
- 腫瘍の浸潤
- 先端巨大症
- 一過性の心筋肥大
心筋壁の肥厚+上記の除外ができてはじめて「肥大型心筋症である」という診断になります。
どこまで厳密に検査を行うのかは施設によりますが、肥大型心筋症を疑ったら、少なくとも血圧測定と甲状腺ホルモンの測定までは行うのが標準的です。
肥大型心筋症の治療
有効性が確認された治療法は残念ながら存在しません。
心不全発症後や血栓症に対しては対症療法を行いますが、無徴候の肥大型心筋症に対して生命予後(寿命)の延長が確認された治療法は存在しません。
定期検査を実施し、心不全徴候(左房拡大)が出てきたら血栓予防薬±αを行うことが標準的だと思います。
肥大型心筋症の予後(余命)
肥大型心筋症の生存期間中央値は10.9年という論文が出ています。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5980443/?utm
ACVIM(米国獣医内科学会)コンセンサスでは、HCM猫の5年累積心臓死は23%とされています。
https://academic.oup.com/jvim/article/34/3/1062/8448248?
生存期間は論文によってかなり差がありますが、肥大型心筋症=心臓死というものではなく、寿命まで発症しないことも少なくないのは事実です。
当院での検査・治療
トップ画像は実は一般的な肥大型心筋症ではなく心臓腫瘍の症例なのですが、このように明らかな心筋肥大や左心房拡大(心不全徴候)を呈する症例には治療を行っています。
血栓予防薬は必須として、その他利尿薬、強心薬、血管拡張薬などを状態により併用することがあります。
左心房拡大以外の指標として、左室流出路閉塞を認める場合にも治療を検討します。


この症例は動的左室流出路閉塞という、大動脈が狭くなって血液を駆出しづらくなる状態を認めます。
僧帽弁逆流を伴っており、大動脈血流波形がダガーナイフ形であることが特徴的です。
この症例は血流速が2.69m/sと軽度な狭窄のため、現在のところ無治療経過観察としておりますが、今後血流速や心拍数の上昇が確認された場合にはβブロッカーの処方を検討します。
他院で心筋肥大を指摘された症例はどうだったのか

同じ症例の同日の像ですが、1mmどころか2mmぶれていますね...
心筋厚の測定は非常に難しいです。
しかし、6mm以上はなさそうですし、左室流出路閉塞もなし、乳頭筋肥大もなしでした。
もしかしたら、他院さまで測定した時は少し脱水気味だったのかもしれません。
当院としては、この状態を肥大型心筋症とは考えませんでした。ただ、現在心筋の厚さが正常であることが将来にわたっての心筋症の発症を完全に否定できるものではないことには注意が必要です。
できれば心臓バイオマーカーの血液検査ができるとリスク評価を多角的に検討できるのですが、本症例では飼い主様がご希望されませんでした。
リスク評価として一定の意義はありますが、もしバイオマーカーが高値だったら治療するのかというと、そうではありませんので、当院としても治療判断に直結しない検査はあまり強くはおすすめできないところがあります。
犬でも猫でも、循環器診療において心臓バイオマーカーは一定の意義を持ちますが、それをメインの指標に治療することは標準的ではありません。バイオマーカーはあくまでも補助的指標です。
当院では猫ではバイオマーカーを測定することが多いですが、犬で測定することはほとんどありません。
犬と猫の循環器内科診療において、心エコー検査は判断の中核となる必須の検査です。もし心エコー検査を行わずに心臓病治療を受けられている飼い主さまは、心エコー検査が可能な動物病院で診てもらうことをおすすめします。
お近くの方は、はら動物病院までご相談ください。

